2018年11月19日

仕事。

19歳の春。
 
僕がミュージシャンになる夢を捨てきれず通っていた大学を辞めさせて欲しいと、親父に頭を下げに行った時の事。
 
『俺、音楽でやっていきたい』とその決意を打ち明けた。
 
 
自分の想いを告げ、そして話の最後に
 
『それに俺、サラリーマンに向いてへんし』
 
そう言うと、今ままで黙って聞いていた親父が突然大声で怒鳴り始めた。
 
    
 
『サラリーマンに向いてるやつなんか誰もおらんのじゃ!それでも皆やっとんねん!甘いんじゃお前は!』
 
     
 
この言葉は僕の胸を激しく貫いた。
子供のために、自分のことよりも、とにかく我が子を食べさせるために、一生懸命働いている。 
向いてるとか向いてないとか四の五のいわずに。
 
それが「親」というものなんだと。
 
それまでの僕は、サラリーマンという仕事をどこかでバカにしていたように思う。
親父のこの言葉は、その後の僕の人生において、また生きていくために、とても大切な言葉として胸に残っている。
 
  
 
 
だけど当時の青二才は、その言葉が心を貫いたにも関わらず、素直に受け入れようとせず、
反発するように半ば強引に退学届を出し、大学を辞めさせてもらった。
 
 
あれからもう20年の月日が経とうとしている。
 
   
『俺は本当にこの道に進んでよかったのだろうか』
 
今まで何度となく自問自答してきた。
 
  
僕はおかげさまでご縁にはとても恵まれ、大切な人たちと出会うことができ、ゆっくりだけど着実に歩んで来れている。
感謝してもしきれない。
 
   
ただ、今も強く思うこと。
  
 
やっぱり売れないと何の意味もない。
全てが報われない。
 
 
この世の中「ケイスケサカモト」を知っている人はほんの一握り。
 
 
センターステージでスポットライトを浴びて、オーディエンスが自分のパフォーマンスに熱狂するシーンをずっと思い描き夢見てここまで歩んできた。
 
 
 
ただの夢想家で終わるのか。
 
自分の才能に酔いしれるほど今はもう若くはない。
  
だけど、産み出した唄に酔いしれたりする。
 
その繰り返し。
  
狭間で揺れながらも、情熱が満たされることはない。
 
  
 
たった一曲、たった一曲で人生を、世界を変えられると今でも信じてる。
 
 
 
僕は自分の才能と可能性を強く信じている。
  
   
もっと世界を広げるためにも、もっと自分の心に水をあげるためにも、今後の活動の仕方を変えていこうと思う。

 
僕は何があっても曲を産むために生きている。
とびきりの名曲を生み出すために。
作り続けて、歌い続けていく。
   
 
それが僕の仕事。
 
 
自分で始めたことに、自分でケリをつけないと示しがつかない。
 
 
こういう事を書くと心配されるが、決して気が触れたわけではない。
いつも考えていることを今日は文章にしただけ。
 
 
僕たちは永遠ではない。
  
 
  
終わらせなきゃいけないことがある。
始めなきゃいけないことがある。
 
  
 
僕は必ず売れるんだ。 
posted by みゃ〜さん at 20:45| Dairy | 更新情報をチェックする